古書店などで見つけた魅力的な野球本をご紹介します。
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『ダメ監督列伝』テリー伊藤
川上、西本、広岡、森…日本プロ野球史にその名を残す名監督たち。彼らの陰で敗れ去っていった「ダメ監督」たちにスポットライトを当てた名著。(テリー伊藤が著者なので例え話の半分が下ネタなのも笑える。)

「ダメ監督」と聞いてスワローズファンの私が思い出すのが武上四郎監督だ。
82年と83年、2シーズン連続で最下位に終わったにも係らず、何と翌年も武上監督が続投!当時まだ学生で社会の仕組みなどわかっていなかった私も「そ、そんなバカな!?」と思わずコケてしまったのを覚えている(結局18試合で早々に休養に)。

…武上監督、土橋正幸、関根潤三…1980年~1989年までスワローズの監督を勤めた3人の成績は、80年の2位を除くとすべてBクラス!でも今になって思えば、記憶に残る愛すべき監督であったことは間違いない。(今となってはですよ!)

そんな監督たちがいるからこそプロ野球は味わい深く面白いのだ!

いつも心に「ダメ監督」を!
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パンチ佐藤『プロ野球・独断毒舌改造論』
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パンチ佐藤のプロ野球人生はわずか5年間と短かったが、トレードマークのパンチパーマやスポーツ選手とは思えないほどのコメントの面白さなど、その個性的なキャラクターはファンに強烈な印象を残している。

武相高校、亜細亜大学、熊谷組、日本代表、そしてオリックスと常に日の当たる道を歩んできた彼の野球人生は、同時に野球界を蝕んでいる不条理との戦いの道でもあった。

自分の思い通りにならない選手についてはどんなに実績をあげても認めようとしない監督やコーチ。学閥で決まる代表選手の選考。いい加減な情報だけで外国人選手を獲得するスカウト。ろくに取材もしないで解説している評論家…野球界はことごとくパンチを裏切り続けた。

しかし、野球人として何事にも変えがたく幸運だったことは、プロに入団した年と退団した年に名監督に仕えることが出来たということであろう。

上田利治監督の「野茂が獲れないならピッチャーはいらん。社会人の左バッターでいちばんいい選手を獲ってくれないか」との一言でパンチのドラフト一位指名が決まる。そんな上田監督にパンチは「自分の心は一つです」という球史に残る名言で応えてみせる。しかし、相性ピッタリの上田監督はパンチが入団した年で運悪く退団してしまった。

そして仰木彬監督。妻子のあるパンチは今後の生活のことを考え、腹を割って監督に自分が戦力として必要かを思い切って尋ねる。「うん。おまえはピンチヒッターならあと5、6年はやっていけるよ。しかしレギュラーとなると。ちょっときついわな」「君の目は映画向きだと思うんだ。一発勝負をかけてみたらどうだ、映画界で頑張ってみろよ」このアドバイスがパンチプロ野球引退と芸能界入りを決定付ける。今芸能界で活躍するパンチ佐藤はイチローと共に最後の“仰木マジック”でもあるのだ。

ただし、2年目から4年目までの“D監督”とは中々うまくいかなかった様子だ。幼少の頃に「土井正三物語」を愛読したパンチにとってはとてもショックだったに違いない。(因みにこの本の途中では“D監督”といっているが、後半では思いっきり“土井監督”という表記になっている。まあどちらにしてもわかることだが…。それにしても「土井正三物語」を読んでみたい!)しかし、上田、仰木両監督との出会いはそれを帳消しにして余りあるはずだ。

仰木監督の言葉を胸に秘め今日も芸能界で活躍しているパンチ佐藤。しかし、いつの日にか“仰木彬2世”と名を変え監督・コーチとして野球界に復帰してもらいたいと思ってしまうのだ。
ロジャー・カーン『ひと夏の冒険』
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男はある日、もう絶対にプロ野球選手になれない、という年齢に達していることに気付く。そして男は球団のオーナーにならなれる、と考え始める…。

「夏の若者たち」などで知られる有名なスポーツライターであるロージャー・カーンはある日、球団を持つことを決意。早速球団探しを始める。

いくつかの球団の買収工作などに失敗した後、ニューヨーク州の由緒ある町、ユーティカをホームタウンとするブルーソックスの球団社長に就任してしまう。

マイナーリーグ(1A)のブルーソックスは大リーグの系列に属さないオンボロ球団であり、お荷物球団である。電気代の未払いでライトの付かない球場、移動用のバスは小学生用のスクールバス、そして監督や選手も大リーグから見放された落ちこぼればかり…。

しかし、著者である社長の献身的な努力の甲斐があり、予想外の快進撃を続けるブルーソックス。果たして優勝を勝ち取れるか?

マイナー球団経営の実情、マイナーリーグの裏側、監督や選手たちの葛藤など、こんなおもしろいノンフィクションが書かれるアメリカ野球に改めて脱帽です。
長嶋茂雄 『ネバーギブアップ~キューバの太陽 カリブの太陽に誓う』
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この表紙で買わない人はいないのではないか?…ということで100円で購入。

昭和55年10月21日「男のけじめ」と、成績不振の責任を取る形で巨人軍監督を辞任(事実上は解任)したミスタープロ野球・長嶋茂雄。この解任劇は当時の巨人ファン、プロ野球ファンのみならず社会をも巻き込んだ大きなニュースとなった。

その5ヵ月後、沈黙を破ってこの本は発売。帯には「私は必ずグランドに戻ります。」との熱いメッセージが。(一緒に石原裕次郎、村山実、さだまさしというビッグネーム3名の推薦文が寄せられている。帯という小さなスペースでこんな豪華な布陣を敷けるのは今も昔もミスターだけだろう。)

不本意な形で23年間の巨人軍生活にピリオドを打ったミスターではあるが落ち込んでいる暇はない。いきなりキューバに飛ぶのである。

その抜群の行動力には天国のチェ・ゲバラもさぞかしビックリしたことだろう。その旅で触れたキューバ野球強さの秘密がミスターならではの視点で書かれているのがこの本の主な内容である。(したがって解任劇の裏側とか恨み辛みなどは触れられていない。「いずれ数年後に笑い話として話をする機会があるかも知れないが、ここしばらくは口を閉じているつもり」とあくまでも懐の深いミスターである。)

昭和55年、日本で開催された世界アマチュア野球選手権にキューバナショナルチームが来日。10年来キューバ野球に興味を持っていたミスターは華麗でダイナミックな彼らのプレーを目の当たりにしてすっかり魅了される。

その後、キューバ大使らと交流を重ねたミスターは遂にキューバに招待される。キューバに到着したミスターは暖かい歓迎を受け、野球関係者と触れあい、キューバ野球の強さの秘密を目の当たりにする。

キューバ革命以前にはメジャーリーガーを多数輩出したというキューバ野球。キューバ人は自国の野球はメジャーリークにひけをとらないという誇りを持っている、そして何より野球が大好きだ。大切なのは結局シンプルなことなのだろう。

「ヘイ!カール!」浪人時代のミスターはテレビなどで野球ファンのみならず多くの人々を楽しませてくれた。しかし本書を読了した今、もしミスターが監督を続けていたら?と考えてしまう。

この旅でミスターはカストロに次ぐ№2の実力者ホセ・ラモン・フェルナンデス・アルベレスや球界の重鎮たちと会見している。ひょっとしたら、当時海外でプレーするのが難しかったキューバの名選手が巨人軍入りを果たしていたかもしれない。そうなれば、現在の日本の野球のスタイルが大きく変わっていたかもしれないのだ。

「…私は再びユニフォームを着る。いつの日か、必ず着てグランドに立つ。誰が考えたって、私長島茂男はスーツよりもユニフォームが似合うのである。」スーツも良く似合うミスターだが、自らの言葉通り巨人軍の指揮を振い、その後、終身名誉監督に就任することになる。しかしそれにはまだ13年待たなくてはならない…。

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